ハワイの音楽シーンを代表する、そしてHULAの世界からも注目度が非常に高い2人組、HAPA(ハパ)のJapan Tourがついに実現!!HULAの名曲「Ka Uluwehi O Ke Kai」「Lei Pikake」「Ku’u lei Awapuhi」等をひっさげ、HULA DANCER″Pi´ ilani Klein″(ピイラニ・クライン)とともに初の本格的Japan Tour!!とろけてしまいそうな音楽とHULAの魅力が、まさにハワイです。
<HAPA(ハパ)>
出演者のHAPA(ハパ)は、バリー・フラナガン(G./Vo)とネイザン・アウェアウ(B/Vo)の二人組。現在ハワイで最も注目されているグループで、1992年のファースト・アルバム『HAPA』は、ハワイのグラミー賞ともいうべき「ナ・ホク・ハノハノ」賞の6部門で受賞。衝撃的デビューを飾った。このアルバムは全世界で250万枚というセールスを記録し、ハワイ音楽を世界に広げた功績ははかりしれない。
日本へも1995年に初来日し、それ以後も来日公演をたびたび行っているが、主に首都圏が中心であり、今回のようなツアーは初めてである。ゆらゆらとした独特の響きを持つスラック・キー・ギターとコンテンポラリーなベース・サウンド、それをバックに二人の女性フラ・ダンサーがフラを踊る。これこそがハワイの真骨頂。
ハワイ文化の奥深さを贅沢に体験できるコンサートです。
●HAPA プロフィール
HAPAとはハワイのことばで「半分」の意。ハワイ独特の美しい詩とメロディーに魅かれ、1980年にハワイを訪れたニューヨーク出身のバリー・フラナガンは、繊細で、奥深いギャビー・パヒヌイのスラック・キー・ギターに心を奪われ、その後頻繁にハワイを訪れていた。83年にたまたまパーティーで知り合った生粋のハワイアン、ケリー・カネアリィと意気投合し、ギター・デュオとしてHAPAが誕生した。その後、2002年にケリーに代わってネイザン・アウェアウ(ベース)を迎え、2005年リリースしたアルバム『MAUI』でも、2006年度「ナ・ホク・ハノハノ」賞を4部門受賞。名実共にハワイのトップ・アーティスト。
バリー・フラナガン[ギター&ヴォーカル]
Barry Flanagan,guitar&vocal
18歳で初めてギターを手にする。かねてからハワイの音楽に関心の強かった彼は、その勉強のため1980年にハワイに渡った。そこで、たまたま友人より手渡されたアルバムのギャビー・パヒヌイが奏でるギターに心酔した彼は、その後美しいメロディをもつハワイ音楽に傾倒していった。
アメリカ本土出身ながら、ハワイ語による優れた曲を数多く作曲してきたことが認められ、94年にハク・メレ賞を受賞。今やハワイで最も賞賛され、尊敬されるアーティストとして確固たる地位を築いている。ハワイアンに勝るとも劣らない情熱がこもった彼のギターと歌は、その穏やかなメロディーとは裏腹に、観客に強烈なインパクトを残す。
ネイザン・アウェアウ[ベース、ギター&ヴォーカル]
Nathan Aweau,bass
ホノルルの音楽一家に生まれたネイザン・アウェアウは、恵まれた音楽環境の下で優れた才能を磨いていった。ピアノ、ウクレレ、ギター、サクソフォン、ベース、そしてヴォーカルを若くして身に付けた彼は、1982年にプロデビュー。後にナ・ホク・ハノハノ賞を受賞した“KAEO”、“ALIIS”で活躍。ステージに立ち自ら演奏を行う一方でレコーディングプロデュースやアレンジもこなすなど、マルチタレント振りはさらに発揮されていく。また音楽教育にも情熱を注いだ彼は、ハワイの公立学校やカレッジでも指導にあたった(学生とともに歌ったシングルを2枚発表している)。2002年、自身サードアルバムの“E Apo Mai”でハワイベスト男性歌手とベストソングの2冠を獲得し、2003年満を持してHAPAへ加入している。
●HULA DANCERS
ピイラニ・クライン
Pi’ilani Klein
ピイラニ・クラインが初めてフラのステップを踏んだのは3歳の時。ピイラニはオアフ・カイルアのハラウ“プカ・イカプアオカラニ”のクムフラ・エレン・カスティーノの指導の元、18年間フラを学んだ。彼女の独創的で優美な流れるようなフラのスタイルは、ベラ・リチャ―ズによって築かれ、エレン・カスティーノによって更に高められた。
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